芦野宿(奥州街道)・宿場町・町並み

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写  真 備  考
芦野宿(奥州街道)
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【奥州街道】−奥州街道は五街道の1つとして幕府から重要視された街道で、範囲や名称は地域によって変わりますが、一般的には江戸日本橋から三厩宿(青森県外ヶ浜町三厩)に至る範囲を指し、特に東北諸藩が参勤交代で利用しています。宇都宮宿(栃木県宇都宮市)までは日光街道と共通だった事から人や物資の往来も盛んで、桑折宿で羽州街道と分岐すると、往来の数も減りました。仙台宿以北で奥州街道を参勤交代で利用する大名は盛岡藩と八戸藩、松前藩しか無くさらに利用者が減りました。

【芦野宿】−芦野宿(栃木県那須郡那須町)は中世以来の領主だった芦野氏の居城である芦野城の城下町として整備された町です。芦野氏は那須資忠の4男資方が当地に配され、地名に因み芦野氏を称し、那須本家の重臣として那須七騎に数えられました。天正18年(1590)の小田原の役に参陣し、那須家からの独立を図り、関ヶ原の戦いで東軍として行動した事で3千石の領地が認められ引き続き当地の領主を担いました。芦野氏は城主格ではなかったものの、交代寄合の旗本の格式だった事から、芦野陣屋(陣屋跡地は那須町指定史跡、陣屋裏門は那須町指定文化財)には居館が設けられ、参勤交代も義務付けられていました。

陣屋周辺には家臣達の武家屋敷(武家屋敷の遺構である平久江家住宅の屋敷構えと門は那須町指定文化財)や、菩提寺である建中寺(芦野氏歴代の墓は那須町指定史跡)、崇敬社である健武山湯泉神社(御神木である大杉は栃木県指定天然記念物)などを配して小城下町として形成し、奥州街道を城下に引き込み宿場町として経済的にも配慮しました。

【遊行柳】−芦野宿の郊外にある「遊行柳」は歌枕の地として知られ、西行法師(道のべに 清水流るるや柳陰 しばしとてこそ立ちどまりつれ)をはじめ、松尾芭蕉(田一枚 植て立去る 柳かな)、与謝蕪村(柳散り 清水涸れ石 ところどころ)などの文人墨客が数多く訪れ作品の題材としています。遊行柳は那須町指定史跡に指定されています。

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