日光二荒山神社

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創建年神護景雲元年(767)
祭  神二荒山大神(大己貴命、田心姫命、味耜高彦根命の総称)
格  式式内社(名神大)論社・下野国一宮・旧国幣中社・別表神社
文化財 小太刀(銘:来国俊・黒漆蛭巻太刀拵、鎌倉時代の作、国宝)
大太刀(銘:備州長船倫光貞治五年二月日、附:野太刀拵、南北朝時代、貞治5年:1366年作、国宝)
本殿(元和5年、入母屋、銅瓦葺、平入、桁行5間、梁間5間、正面3間軒唐破風向拝付、国指定重要文化財)
唐門(元和5年、平唐門、銅瓦葺、一間一戸、国指定重要文化財)
掖門及び透塀(元和5年、棟門、銅瓦葺、一間一戸、国指定重要文化財)
拝殿(正保2年、入母屋、銅瓦葺、平入、桁行5間、梁間4間、国指定重要文化財)
鳥居(銅製明神鳥居、国指定重要文化財)
神輿舎(元和3年、入母屋、銅瓦葺、平入、桁行3間、梁間2間、素地造、国指定重要文化財)
大国殿(延享2年、宝形造、檜皮葺、桁行3間、梁間3間、国指定重要文化財)
末社朋友神社本殿(宝暦9年、一間社流造、檜皮葺、国指定重要文化財)
末社日枝神社本殿(嘉祥元年、一間社、入母屋、妻入、銅瓦葺、国指定重要文化財)
神橋(木造反橋、高欄付、附:下乗石、国指定重要文化財)
上記の他、別宮滝尾神社7棟、別宮本宮神社5棟 、中宮祠7棟
以上23棟(中宮祠7棟除く)は「日光の社寺」としてユネスコの世界遺産
その他にも美術工芸品、栃木県指定文化財、天然記念物、日光市指定文化財など多数。
境内一帯は国指定史跡

神  事弥生祭:4月13〜17日
場  所栃木県日光市山内
備  考日光二荒山神社は勝道上人が現在の本宮神社境内付近に二荒山(男体山)の神を祀ったのが始まりとされ、その後、二荒山の登頂を果たすと山頂にも祠(奥宮)が設けられると、二荒山修験の拠点として多くの修験者が修行を行い一大霊場に発展しました。一方、山頂付近には古代の祭祀場がある事から勝道上人が開山する以前から自然崇拝として信仰の対象になっていたと推定されています。格式も高く古くから神階を得て平安時代中期に記された「延喜式神名帳」では名神大社として記載され下野国一宮としています。ただし、延喜式神名帳などの古文書に記載されている二荒山神社は宇都宮市の中心部に鎮座する二荒山神社も主張し、両社とも結論が出ていない事から論社となっています。戦国時代には小田原北条氏から庇護されていましたが、天正18年(1590)に小田原征伐により北条家が没落すると、豊臣秀吉からは社領が認められず衰微しました。しかし、元和2年(1616)に徳川家康が死去し日光東照宮に遷座する事が決まると日光山内の整備が行われ、元和5年(1619)には2代将軍徳川秀忠により本殿が再建され、以後、幕府の庇護となり社運も隆盛します。
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