戊辰戦役大垣藩士戦死之所

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概要・歴史・観光・見所
戊辰戦役大垣藩士戦死之所(白坂宿・福島県白河市)概要: 戊辰戦争墓碑この碑は明治39年(1906)5月に酒井元之丞の妹により建立されました。明治元年(1868)5月26日、戊辰戦争の際、新政府軍に与していた大垣藩(岐阜県大垣市)は旧幕府軍と手を組んだ奥羽越列藩同盟の領内に侵攻し白坂宿に黒羽藩(栃木県大田原市前田)と共に布陣していました。旧幕府軍にとっては白河城を最終防衛線と仮定した為、奥州街道の掌握を画策し、白坂宿に布陣していた大垣藩と黒羽藩を急襲し奪還を試みました。激戦は3時間にも及び、大垣藩では松岡惣兵衛(享年18歳)、瀬口与作(享年21歳)、酒井元之丞(享年25歳)、黒羽藩では藪智次郎光著(享年17歳)、後藤勇助幸由(53歳)の戦死者を出しながら何とか旧幕府軍を退けました。菩提は白坂宿にある観音寺に葬られ墓碑が建立されています。後年になり酒井元之丞の妹が兄の戦死した場所に追善供養として石碑を建立したと思われます。

戊辰戦役大垣藩士戦死之所:写真

戊辰戦争墓碑
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