神田城(那珂川町)概要: 神田城は栃木県那須郡那珂川町三輪に位置している中世の城郭です。神田城は平安時代末期(天喜4年:1065年、長治2年:1105年、天治2年:1125年の説があるそうです。)に須藤貞信(那須氏の祖)が築城したのが始まりとされます。その後、那須氏が稲積城(栃木県那須郡烏山町下境)へ移るまで代々の居館となり那須与一も嘉応元年(1169)にこの地で生まれたという伝承も残っています。
城郭は単郭の平城で郭内は南北117m、東西66mで、その外側を幅10m高さ5mの土塁で囲み、さらにその外側に幅10mの水堀が囲んでいます。保存状態も平安時代末期に築城された武士の館として極めて良好で土塁や水堀の一部、大手門の跡などが良好に見ることが出来ます。神田城は中世の平城の遺構として大変貴重な事から昭和55年(1980)に国指定史跡に指定されています。
神田城の土塁上に鎮座する神田穂喜与稲荷神社は堀川天皇の御代(1086〜1106年)、須藤貞信が当地に悪行を働いた岩獄丸討伐の際、神田明神に戦勝祈願を行い見事念願成就した事から、神田城の鬼門鎮守として分霊を勧請したのが始まりと伝えられています。当初は小川稲荷森に鎮座していましたが弘化4年(1847)に某住民の霊夢に白狐の化身が立ち、神田城の城内に鎮座するように御告げがあり嘉永元年(1848)に現在地に遷座しました。
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