那珂川町: 乾徳寺

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概要・歴史・観光・見所
乾徳寺(那珂川町)概要: 龍沢山大渓院乾徳寺は栃木県那須郡那珂川町馬頭に境内を構えている曹洞宗の寺院です。の創建は明応8年(1499)、宇都宮正綱の子供である兼綱が武茂家の名跡を継ぎ居城である武茂城を大改修した際、舜芳和尚(茨城県常陸太田市:耕山寺11世)を招き開山したのが始まりと伝えられています。以来、武茂家歴代の菩提寺として庇護され堂宇の造営や寺領の寄進などが行われ寺運も隆盛しました。守綱の代になると佐竹氏の侵攻により従属し、豊綱の代の文禄3年(1594)に太閤検地で那須氏への内応の噂が流れ常陸の久慈郡大賀村に知行替えになりました。慶長5年(1600)に行われた関ヶ原の合戦では主家である佐竹氏と共に東西中立の立場を取った為、佐竹氏の秋田に移封に従い武茂氏も家臣として随行しました。乾徳寺は庇護者を失い一時衰退しますが江戸時代に入ると幕府から庇護され27石の朱印状を受け取っています。

明治36年(1903)に火災により多くの堂宇、寺宝、記録などが焼失、現在の乾徳寺本堂は明治45年(1912)に再建されたもので、木造平屋建て、入母屋、銅板葺、平入、桁行7間、正面唐破風1間向拝付、外壁は真壁造、白漆喰仕上げ。山門は武茂城の大手門を移築したものと伝わる安土・桃山時代形式のもので、切妻、銅板葺き、一間一戸、四脚門、門の両側には武茂家の家紋(三巴紋)が掲げられ、棟札には安永2年(1773)に改修したことが記載されている事から少なくともこれ以前の建物と推定されています。乾徳寺境内には歴代武茂家の墓碑と伝わる鎌倉時代以降の五輪塔や宝篋印塔合計10基が残され昭和43年(1968)に那珂川町指定史跡に指定されています。境内背後の山は武茂氏の居城である武茂城跡地で乾徳寺の境内と共に平成2年(1990)、栃木県指定史跡に指定されています。八溝七福神めぐり:福禄寿。山号:龍沢山。院号:大渓院。宗派:曹洞宗。本尊:釈迦牟尼仏。

【 乾徳寺菩提者:武茂家 】-乾徳寺を菩提寺とした武茂家は宇都宮家7代当主宇都宮景綱の3男泰宗が正応から永仁年間(1288〜1298年)頃、下野国武茂郡を与えられ地名に因み武茂氏を称したのが始まりとされます。その後は宇都宮家の有力支族として重要視され勢力も拡大、特に泰藤は新田義貞の倒幕に参加、その後も全国各地に従軍し大功を挙げています。6代持綱が応永14年(1407)に宇都宮家を継いだ事で武茂家は一時廃絶となっていましたが、持綱の娘と芳賀成高の子供である正綱が武茂家の名跡を継ぎ再興、しかし、その正綱も宇都宮家16代当主に就任した為、3男兼綱が武茂家の名跡を継いでいます。兼綱は居城である武茂城の修復拡張や明応8年(1499)には武茂家歴代の菩提寺である乾徳寺(那珂川町)の創建など領内整備を行っています。

戦国時代に入った天正年間(1573〜1591年)、当時の当主守綱は佐竹氏の猛攻を受け従属するようになり、その後は佐竹氏に従い対立した那須家と度々戦を行い信任を得ています。豊綱の代には佐竹氏から裏切りの嫌疑を掛けられるなど立場が悪くなり文禄4年(1595)には事実上家臣として組み込まれ常陸国久慈郡大賀村に移封となりました。慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いで佐竹氏は東西中立を保った為、出羽国6郡(後の久保田藩)に移封となり、武茂氏も家臣の1人として随行し佐竹家の家中では家老や所預(他藩では支城城主級)を輩出する引渡二番座の格式を得て十二所所預などを歴任しています。

乾徳寺の文化財
・ 茂城跡(乾徳寺境内を含む)−栃木県指定史跡
・ 木造釈迦如来像−那珂川町指定文化財
・ 武茂氏墓碑(10基)-鎌倉時代〜-那珂川町指定文化財(考古資料)
・ 乾徳寺山門−伝:武茂城の大手門−那珂川町指定文化財
・ 白フジ−推定樹齢200年−那珂川町指定天然記念物

【 参考:サイト 】
公式ホームページ
【 参考:文献等 】
・ 現地案内板(由来)-龍沢山大渓院乾徳寺

乾徳寺:写真

乾徳寺境内正面に設けられた山門は武茂城の大手門とか
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乾徳寺山門から見た境内 乾徳寺六角堂は八溝七福神めぐりの一つ福禄寿が祭られてます 乾徳寺寺門と土塀の前には石仏 乾徳寺境内から見た本堂正面と石燈篭


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