玄性寺(大田原市)概要: 玄性寺は栃木県大田原市福原に境内を構えている曹洞宗の寺院です。玄性寺の創建は不詳ですが当初、功照院と称し那須与一の兄那須資之が開基したと伝えられています。以降、那須家の菩提寺となりますが、永正11年(1514)に廃寺となります。天正18年(1590)に那須資景が鉄尊和尚を招き持仏である薬師如来像を本尊とし中興開山、玄性寺と寺号を変えています。境内にある那須与一宗隆の墓(※1)は、京の即成院からの分骨を埋葬したと伝えられているもので元は旧小川町恩田にあったものを弘化4年(1847)に那須資礼が改葬したと伝えられています。
又、玄性寺に伝わる「福原のモチつき唄」は那須与一が源義経に従い平家追討の出陣の際、領民たちがモチをついて祝ったのを由来とするもので昭和38年(1963)に大田原市指定無形文化財となっています。境内にある矢剪石は、那須与一が屋島合戦で扇の的を射抜いた刹那、突如亀裂が生じたと伝えられています。「玄性寺の相生の楓(イロハカエデ)」は推定樹齢150m、樹高9.0m、目通幹周2.1m、「与一の里おおたわら名木」に選定されています。宗派:曹洞宗。本尊:薬師如来。
補足
(※1)那須氏墓碑−間口約8m、奥行約4mに石柵の中には那須美濃守資重、那須家累代墓(那須与一宗隆の法名有)、那須左京太京資景、資景室(小山氏女)、伝:那須与一宗隆、伝:那須資隆、那須資興の嫡子の7基の墓碑が建立され数少ない那須家の遺構として貴重な事から昭和37年(1962)に大田原市指定史跡に指定されています。
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