那須烏山市: 太平寺

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概要・歴史・観光・見所
太平寺(那須烏山市)概要: 瀧尾山太平寺は栃木県那須烏山市滝に境内を構えている天台宗の寺院です。太平寺の創建は延暦22年(803)、坂上田村麻呂が東夷東征の際、戦勝祈願としてこの地に堂宇を建立し千手観音菩薩像を安置したのが始まりとされます。嘉祥元年(848)に慈覚大師円仁が再興し寺院として整備、これが太平寺の開基となています。中世は領主だった那須氏が庇護し寺領の寄進や堂宇の造営など行われ、天正13年(1585)には那須家家臣の大関氏が千本氏を忙殺した舞台にもなっています。天正18年(1590)、那須氏は小田原に参陣しなかった事から奥州仕置きにより改易となり、庇護者を失い太平寺は一時衰退します。

江戸時代に入ると歴代烏山藩主の庇護となり寺運を隆盛し、特に享保10年(1725)に大久保氏が藩主となると代々の菩提寺となり、観音堂の大改修や寺領5石が安堵するなど庇護し、本堂には累代位牌が安置されました。又、境内には川口松太郎の小説「蛇姫様」で知られる"お六姫"の墓があります(お六姫とは烏山藩主堀親良と側室の子供で家老である堀新左衛門の長男に嫁ぎましたが不義密通の嫌疑がかけられ、無実の遺書を書いた後に自害したと伝えられています)。

現在の太平寺本堂と仁王門は享保10年(1725)に建てられた古建築物で、本堂は木造平屋建て、入母屋、銅瓦葺き、平入、桁行6間、正面3間向拝付、外壁は真壁造り板張り木部朱塗り、内陣には須弥壇が設置され、その上に置かれた厨子には本尊である木造千手観音菩薩立像が安置されています。仁王門は三間一戸の八脚楼門で、桁行3間、張間1間、入母屋、銅瓦葺き、外壁は真壁造り板張り木部朱塗り、下層部左右には仁王像安置、上層目には高欄が廻され開口部は眼象窓、「観普」の扁額が掲げられています。太平寺本堂、仁王門は江戸時代中期の寺院建築の遺構として貴重な事から那須烏山市指定有形文化財に指定されています。下野三十三観音霊場第11番札所。山号:瀧尾山。宗派:天台宗。本尊 :千手観世音菩薩。

太平寺の文化財
・ 木造千手観音菩薩立像−室町,像高230cm,カヤ材,一木造−栃木県指定文化財
・ 天蓋−江戸時代、天女の浮き彫り−栃木県指定重要文化財
・ 太平寺本堂−享保10年(1725)−那須烏山市指定有形文化財
・ 太平寺仁王門−享保10年(1725)−那須烏山市指定有形文化財
・ 宝篋印塔−室町時代−那須烏山市指定有形文化財
・ 木食上人像−江戸時代−那須烏山市指定有形文化財
・ 風神・雷神像−鎌倉時代−那須烏山市指定有形文化財
・ 二十八部衆像−室町時代−那須烏山市指定有形文化財
・ 仁王像−江戸時代−那須烏山市指定有形文化財
・ 透かし彫り嵌め込み扉−室町時代−那須烏山市指定有形文化財
・ 烏山藩主大久保家累代位牌−江戸時代−那須烏山市指定有形文化財
・ 阿弥陀堂の千体仏−江戸時代−那須烏山市指定有形文化財
・ 間引絵馬−江戸時代−那須烏山市指定有形文化財
・ 太平寺のカヤ−那須烏山市指定天然記念物・とちぎ名木百選

太平寺:写真

太平寺境内正面に設けられた石造社号標
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太平寺参道石段から見た山門(楼門) 大平寺参道石畳みから見た本堂正面 太平寺境内に建立されている阿弥陀堂 大平寺境内に建立されている「お六姫」


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