栃木県日本三大(日光東照宮・岩船山高勝寺)

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栃木県の日本三大・概要

栃木県には日本三大○○が幾つか存在しますが、今回は日本三大東照宮の1つに数えられている日光東照宮、日本三大地蔵尊の1つに数えられている岩船山高勝寺を紹介します。

日本三大東照宮

日光東照宮(日本三大東照宮):写真
[ 栃木県日光市 ]
日光東照宮(日本三大東照宮)概要: 元和2年(1616)、徳川家康が死去すると、遺言により当時の居城である駿府城に近い久能山に埋葬されました。遺言では江戸城下にある増上寺で葬儀をあげ、位牌を生誕地の岡崎にある大樹寺に納め、一年後に日光に小堂を建立し関八州の鎮守となるとされます。翌年、家康は東照大権現の神号勅賜、2代将軍徳川秀忠は日光に社殿を造営し完成すると家康の霊柩を移しています。当初は東照社と称し、遺言を守り派手な意匠を廃した質素な社殿でしたが、3代将軍徳川家光が家康の20周忌に社殿の大造営を行い現在の壮大華麗な社殿建築が竣工しました。秀忠が造営した旧社殿は徳川家発祥の地とされる世良田に遷され、家光による将軍家と家康の権威付けが明確になりました。正保2年(1645)に家康が宮号(東照大権現)が与えられと東照宮と称するようになり地名と合わさって日光東照宮と呼ばれるようになりました。将軍徳川家に配慮し各地には数多くの大名が領内に東照宮が造営され、日光でも石鳥居を黒田長政、五重塔を酒井忠勝(現存の五重塔は酒井忠進)、手水石を鍋島勝茂がそれぞれ寄進しています。戊辰戦争の際はあえて攻撃目標から外され、神仏分離令や廃仏毀釈でも保存対象になっていた事から大きな損失も無く現在でも数多くの社殿や社宝を保持し多くが国宝や国指定重要文化財に指定されています。平成11年には周辺の社寺と共に「日光山内」として世界遺産に登録されました。

日本三大地蔵尊

日本三大地蔵尊:岩船山高勝寺
[ 栃木県岩舟町 ]
岩船山高勝寺(日本三大地蔵尊)概要: 岩船山高勝寺は平安時代に弘誓坊明源和尚が当地で生地蔵に出会った事から聖地と悟り一宇を設け創建されました。江戸時代に3代将軍徳川家光の側室、宝樹院が子宝祈願を行い見事懐妊した事から徳川将軍家の庇護を受ける事になりました。その後は信仰も広がり「関東の高野山」と呼ばれるようになり「日本三大地蔵尊」に数えられました。又、境内も徳川家の庇護により整備された事で、三重塔(栃木県指定重要文化財)や楼門(栃木県指定重要文化財)、鐘楼(栃木県指定重要文化財)、西院の河原堂(岩舟町指定有形文化財)などが造営されています。

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