栃木県の温泉街2:町並み

栃木県:歴史・観光・見所(ホーム)>栃木県の温泉街2:町並み

栃木県の温泉街

塩原温泉

塩原温泉:温泉街・写真
[ 塩原温泉:温泉街 ]
塩原温泉:温泉街・写真 塩原温泉:温泉街・写真 塩原温泉:温泉街・写真 塩原温泉:温泉街・写真
塩原温泉栃木県那須塩原市)11湯の中で門前が一番温泉街の雰囲気のある町並みで、温泉街であると同時に妙雲寺(栃木県那須塩原市)の門前町でもありました。妙雲寺は寿永年間(1182〜1185)に平重盛(平清盛の嫡男)の妹とされる妙雲禅尼によって創建された古刹で、特に本堂は江戸時代中期の寺院本堂建築の遺構として貴重な事から那須塩原市指定有形文化財に指定されています。塩原温泉には夏目漱石、谷崎潤一郎、斎藤茂吉など数多くの文人墨客が湯治に訪れており、妙雲寺境内には斎藤茂吉の歌碑(とうとうと喇叭を吹けば塩はらの深染の山に馬車入りにけり)が建立されています。

板室温泉

板室温泉:温泉街・写真
[ 板室温泉:歴史・観光・見所 ]
板室温泉:温泉街・写真 板室温泉:温泉街・写真 板室温泉:温泉街・写真 板室温泉:温泉街・写真
板室温泉(栃木県那須塩原市)は古くから名湯として知られ江戸時代には那須七湯(那須湯本温泉、板室温泉、大丸温泉、弁天温泉、北温泉、高雄温泉、三斗小屋温泉)に数えられました(現在の那須七湯は那須湯本温泉、大丸温泉、弁天温泉、北温泉、八幡温泉、高雄温泉、三斗小屋温泉)。綱の湯と呼ばれる独特の入浴方法があり、特に関節痛に功能があると云われ、守護神である板室温泉神社には関節痛が平癒して不要になった杖を奉納する事が常とされました。板室温泉神社は大田原藩(藩庁:大田原城)の藩主を歴任した大田原家から崇敬庇護され、本殿は江戸時代後期の社殿建築の遺構として貴重な事から那須塩原市指定文化財に指定されています。温泉街の近くには会津西街道が通過していた事で、戊辰戦争の際には近場が戦場となっています。板室温泉は小規模ながら木造温泉旅館が軒を連ねて温泉街が形成されています。

那須湯本温泉

那須温泉:温泉街・写真
[ 那須温泉:温泉街 ]
那須温泉:温泉街・写真 那須温泉:温泉街・写真 那須温泉:温泉街・写真 那須温泉:温泉街・写真
那須湯本温泉(栃木県那須町)は舒明天皇の御代である630年に開湯したという全国的にみても古湯として知られています。鎮守である那須温泉神社も、開湯した際に守護神として勧請されたと伝えられ、延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳にも式内社として記載されています。平安時代後期になると領主である那須家の崇敬社となり、文治元年(1185)の源平合戦の1つ屋島の戦いでは那須与一が平家方の軍船に掲げられた扇の的を射落とす際に、心の中で当社に祈願して矢を放ち見事を念願成就したと伝えられています。江戸時代には松尾芭蕉が那須温泉を訪れおり「湯を結ぶ 誓いも同じ 石清水」、「いしの香や なつ草あかく 露あつし」の句を残しています。温泉街の一角には九尾の狐伝説で有名な殺生石があります。

[ 日光の世界遺産 ]・[ 奥日光(中禅寺湖) ]・[ 栃木県の日本三大(那須国造碑・神橋・華厳の滝) ]・[ 栃木県の日本三大(日光東照宮・岩船山高勝寺) ]・[ 日光東照宮 ]・[ 栃木県の温泉街(塩原温泉・板室温泉・那須温泉) ]・[ 栃木県の温泉街(川治・湯西川・鬼怒川) ]・[ 行基菩薩 ]・[ 松尾芭蕉 ]・[ 日本武尊 ]・[ 日光東照宮(神社100選) ]・[ 日光二荒山神社(神社100選) ]・[ 輪王寺(名刹巡礼 古寺100選) ]・[ 日光例幣使街道(嘉右衛門町・日光東照宮) ]・[ 栃木県の伝統的・町並み(嘉右衛門町・壬生宿・芦野宿) ]・[ 日光東照宮三彫刻(眠り猫・三猿・想像の象) ]

 ※ 相談や質問は大変失礼ですが、メールのみとさせていただきます。 回答によって不都合や不利益をこうむっても当サイトは一切責任を負いません。又、回答を直接的(当サイトの名前を使って)に交渉や請求の手段とすることはご遠慮くださるようお願い申し上げます。 予告なしに追加、書き替えを行いますのでご了承ください。尚、「栃木県WEB観光案内所>栃木県の温泉街」は「栃木県の歴史」、「郷土資料辞典−栃木県」、「日本の城下町−関東(一)」、「城郭と城下町−関東」、「パンフレット」、「案内板」、「関係HP」等を参考にさせていただいています。