益子町: 綱神社

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概要・歴史・観光・見所
綱神社(益子町)概要: 綱神社は鎌倉時代初期の建久7年(1196)に大羽(現在の栃木県芳賀郡益子町上大羽)の地に隠遁した宇都宮朝綱によって創建された神社です。宇都宮朝綱は鎌倉幕府初代将軍源頼朝から信任が厚く有力御家人として重きを成していましたが、建久5年(1194)に伊勢皇大神宮(三重県伊勢市)と下野国司の訴えにより朝廷から公田100町余の押領の罪による土佐国国府(高知県南国市)へ配流となりました。その際、旧領復帰を祈願したのが配流先の土佐国に鎮座していた賀茂明神で、復帰が決まると神意に感謝し、隠遁地である当地に分霊を勧請し土佐明神を創建しました。その後は宇都宮家の菩提寺である地蔵院と共に、歴代宇都宮家当主から庇護され、文明4年(1472)には本殿が改築され、社号を朝綱に名に肖って綱明神に改称、社領15石が安堵されました。その後も大永年間(1521〜1527年)に本殿が改築されるなど宇都宮家による庇護が続きましたが、慶長2年(1597)に22代宇都宮国綱と豊臣家の間に何らかな齟齬があり突如宇都宮家改易となり庇護者を失います。江戸時代に入ると幕府から庇護され朱印地15石が認められていました。明治時代の神仏分離令を経て仏教色を廃して社号を現在の「綱神社」に改め村社に列しています(境内の配置から、宇都宮家の菩提寺である尾羽寺、後の地蔵院が別当寺院だったと思われます)。祭神:味耜高彦根命。配神:大国主命。

現在の綱神社本殿は室町時代後期の大永年間(1521〜1527年)に改築した当時のもので、三間社流造、茅葺、桁行3間(4.56m)、梁間1間(1.97m)、正面3間向拝付き、外壁は真壁造り素木板張り、室町時代に建てられた大型神社本殿建築の遺構として大変貴重な事から昭和25年(1950)に国指定重要文化財に指定されています。社務所は旧大倉神社拝殿を移築改造したもので、木造平屋建て、入母屋、鉄板葺き、平入、桁行3間、梁間2間。毎年11月第2日曜日の例祭で奉納される「綱神社太々神楽」は明治6年(1873)頃に小栗内外大神宮(茨城県筑西市)の神楽を模して行われるようになった神事で、平成19年(2007)に益子町指定無形民俗文化財に指定されています。境内にある椎は創建者である宇都宮朝綱が手植えしたと伝わる古木で昭和48年(1973)に益子町指定天然記念物に指定されています。

綱神社:写真

綱神社
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