壬生町: 常楽寺

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概要・歴史・観光・見所
常楽寺(壬生町)概要: 向陽山常楽寺は栃木県下都賀郡壬生町本丸1丁目に境内を構えている曹洞宗の寺院です。の創建は寛正3年(1462)、壬生家初代となる壬生胤業が開基となり一州正伊禅師(道元禅師から十世の法孫)を招いて開山したのが始まりと伝わっています。寺号は胤業の戒名「常楽寺殿亀雲道鑑大居士」に因み常楽寺と名付けられ、以来、壬生家の菩提寺として庇護され境内には七堂伽藍が造営、寺領26石が安堵されました。壬生氏は古くから宇都宮家に従っていましたが、独立を画策した為に小田原北条家と結び付き天正18年(1590)の小田原の役の際、当時の当主義雄は小田原城に立て籠もり敗戦を迎えています。義雄は病死、跡継ぎも女子しかいなく、小田原北条氏に与した為、領地を取り上げられ壬生家宗家は滅亡、常楽寺は庇護者を失い一時衰退しますがその後も壬生氏旧家臣や歴代壬生城の城主に庇護されます。正徳2年(1712)に鳥居忠英が3万石で壬生藩(藩庁:壬生城)に入封すると常楽寺が菩提寺として定められ、以後は鳥居家歴代の菩提寺として庇護の対象となり再び寺運も隆盛しています。

常楽寺の寺宝には鳥居元忠、鳥居忠英の肖像画や古文書などを所有し、境内にある鳥居家累代の墓(五輪塔1基)と壬生家歴代の墓(覆屋の内部に五輪塔3基・石塔1基)、斎藤家歴代の墓(壬生藩の藩医、特に斎藤玄昌は蘭学医として知られ人体解剖や天然痘治療に尽力しています。天保11年:1840年、玄昌の解剖を元に高倉東湖が描いた「解体正図」は壬生町指定文化財)が壬生町指定史跡に指定されています。現在の常楽寺本堂は嘉永3年(1850)に再建されたもので寄棟、瓦葺、桁行6間、正面1間向拝付、山門に近くには尾形乾山(尾形光琳の弟)の碑「ふくろ鳴く壬生のうら山時雨きて、みのきるむれの立ち騒ぐ見ゆ」が建立されています。宗派:曹洞宗。本尊:釈迦三尊、三日月尊天。

常楽寺:写真

常楽寺正面に設けられた山門と象の石像
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常楽寺山門から見た参道の石畳みと六地蔵 常楽寺本殿正面と石燈篭と天水桶 常楽寺境内に建立された鳥居家累代の墓 常楽寺境内に建立された壬生家歴代の墓


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