静沼(那須塩原市)概要: 案内板によると「 乃木将軍として今でも親しまれている乃木希典は、明治時代4度の休職中の多くをこの地で農業の重要性を説き、農業に励みました。その頃、この静沼は大部分が水田でした。終戦まで小作人に貸府されていた乃木神社の所有地は、農地改革によって約4町歩(約40000u)を開放したため、神社には八反歩(約8000u)の水田が残っただけでした。そのうちの一反五畝(約1500u)を神饌田として残し、原野を含めた約2千坪(約6600u)に灌漑用貯水池を造りました。これが静沼です。静子夫人にちなんで名付けられた静沼には、鯉が自然繁殖し、またボートを浮かべ、水車も整備、水鳥がたわむれ町民の憩いの池となりました。ポートは昭和50年代まで利用されました。 静沼及びその周辺は、自然公園等施設整備補助事業により、平成4年〜6年の3か年をかけ整備されました。」とあります。静沼周辺には乃木神社や乃木家別邸(栃木県指定史跡)などが点在しています。
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