大田原市: 金剛寿院伝法寺

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概要・歴史・観光・見所
金剛寿院伝法寺(大田原市)概要: 伝法寺の創建年は不詳ですが奈良時代末期に開山したと伝えられています。その後、藤原良門郷(藤原鎌足の七代後裔良房の実弟)が奥州下向の際当地を訪れると霊地と悟り、正八幡宮の分霊を勧請し以後、神仏混合の霊場として信仰されます(福原八幡宮の由緒では天喜5年:1057年に源義家が前九年合戦の戦勝祈願の為、石清水八幡宮の分霊を勧請したのが始まりとされます)。最盛期には125ヶ寺の末寺を抱える大本寺として隆盛を極め下野三金剛の1つで10万石の寺格をもったそうです。中世は那須家の祈願所として庇護され、寺宝として5通の武将起請文を所有しその内4通は佐竹氏が那須氏に対して書かれたものです。武将起請文は当地方の中世の歴史を知る上で貴重な存在で昭和45年(1970)に大田原市指定有形文化財に指定されています。明治時代初頭に発令された神仏分離令により向かいにある福原八幡宮と分離して現在に至っています。須三十三所観音霊場第19番札所(札所本尊:聖観音・御詠歌:いにしえの まことのことば 伝えつゝ いのちの守らん 大悲の光)。宗派:真言宗智山派。本尊:不動明王(秘仏)。

金剛寿院伝法寺の武将起請文
・ 弘治3年(1557)2通-佐竹義昭(17代当主)から那須資胤(20代当主)
・ 元亀3年(1572)1通-佐竹義重(18代当主)から那須資胤
・ 天正10年(1582)1通-佐竹義重から那須資胤
・ 不詳1通-右衛門佐綱繁より一笑軒

金剛寿院伝法寺:写真

金剛寿院伝法寺
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