足利市: 下野國一社八幡宮

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概要・歴史・観光・見所
下野國一社八幡宮(足利市)概要: 下野國一社八幡宮は栃木県足利市八幡町に鎮座しています。下野國一社八幡宮の創建は平安時代後期の天喜4年(1056)、前九年合戦(11世紀中頃、陸奥の豪族安倍氏が朝廷と対立し源頼義が派遣された。)の折、源頼義・義家父子がこの地に陣を敷き、石清水八幡宮(京都府八幡市)を勧請し戦勝祈願したのが始まりと伝えられています。康平年間(1058〜1064年)には念願成就した源義家が神意に感謝し、社宝を奉納しています。境内周辺の領地は源義家の子供である源義国がこの地を与えられ、さらに義国が安楽寿院に与えた事から足利荘が成立、後裔である足利氏、長尾氏が長く当地を支配したことで社運も隆盛しました。特に、文明8年(1476)には、長尾景長は境内社木伐採の禁制を出し、源氏の後裔を自称する徳川家も庇護し元和7年(1621)には社領20石の朱印状を賜るなど庇護され、下野国内で第一の八幡神社だった事から「下野国一社八幡宮」や「一国一社八幡宮」とも呼ばれ信仰を広げました。明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が排され明治5年(1872)に郷社、明治35年(1902)に県社に列しました。祭神:誉田別尊、大帯姫命、姫大神。又、境内には榎木稲荷(東京都墨田区立川)・伏見稲荷(京都府京都市伏見区)と共に日本三大縁切稲荷の一つに数えられている門田稲荷神社が鎮座しています。

現在の下野國一社八幡宮本殿は文化11年(1814)に再建されたもので、三間社流造、銅板葺き、正面に向拝が付き四方には高欄付きの縁が廻り、細部には像、獅子、竜などが彫刻された上極彩色で彩られ、壁面には中国の古事と思われる透かし彫りが施されています。下野國一社八幡宮は江戸時代後期の神社本殿建築の遺構として貴重なことから昭和40年(1965)に栃木県指定重要文化財に指定されています。拝殿は江戸時代中期の明和年間(1764〜1772年)に再建されたもので、木造平屋建て、入母屋、銅板葺き、正面千鳥破風、平入、桁行4間、正面1間向拝付き、平成3年(1991)に足利市指定文化財に指定されています。

下野國一社八幡宮には社宝も多く、絵本墨書八幡郷検地帳(縦25.5cm、横18.0cm、杉原紙30枚)は戦国時代に上杉謙信が領主だった際、謙信の命を受けて制作されたもので、当時の検地の様子が判る資料として貴重な事から昭和44年(1969)に栃木県指定文化財に指定されています。拝殿の格天井(8.36m×4.73m・72区画)の板絵は明和7年(1770)頃に制作されたもので、それぞれ異なった花鳥画が絵師「重崇」によって描かれたもので、同じく拝殿に掲げられている大絵馬10枚と共に平成18年(2006)に足利市指定文化財に指定されています。

下野國一社八幡宮の文化財
・ 八幡宮本殿附本社再建図-文化11年(1814)-栃木県指定重要文化財
・ 絵本墨書八幡郷検地帳-安土桃山,上杉謙信指示-栃木県指定文化財
・ 八幡山古墳群−古墳時代、71基の円墳−栃木県指定史跡
・ 延文記録−南北朝時代−足利市指定有形文化財
・ 大永化縁状−室町時代−足利市指定有形文化財
・ 下野足利領八幡山御縄打水帳及び名寄帳-江戸-市指定文化財
・ 八幡宮クロマツ−推定樹齢600年−足利市指定天然記念物
・ 銅造鳥居-寛政4年(1793),荒井宗明,丸山長暉合作-足利市指定文化財
・ 八幡宮拝殿・幣殿−江戸時代−足利市指定有形文化財
・ 放生会の碑−江戸時代−足利市指定有形文化財
・ 下野國一社八幡宮所蔵資料−足利市指定有形文化財

下野國一社八幡宮:写真

下野國一社八幡宮
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下野國一社八幡宮 下野國一社八幡宮 門田稲荷神社 門田稲荷神社


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