足利市: 法玄寺

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概要・歴史・観光・見所
法玄寺(足利市)概要: 法玄寺の創建は建久7年(1196)、足利義兼(足利家2代当主)の室である北条時子(鎌倉幕府初代執権北条時政の娘、北条政子の妹)の菩提を弔う為、義兼の長男義氏が開いたとされます。寺号は時子の戒名である「智願院殿」に因み「帝釈山智願院法玄寺」と名付けられました。戦国時代に足利家が没落すると衰微しましたが慶長11年(1606)、当地域の代官となった小林十郎左衛門が寂蓮社照誉芳陽を招いて浄土宗の寺院として中興開山しています。明治18年(1885)の火災により堂宇が焼失し明治22年(1189)に本堂(入母屋、桟瓦葺、平入、桁行6間、正面1間向拝付、外壁は真壁造、白漆喰仕上げ)が再建されています。伝承によると、北条時子は義兼が鎌倉出府の際、花見に出かけ生水を飲んだところ、次第に腹が大きくなり妊婦のような姿になり、鎌倉から帰った義兼がその姿を見ると時子が不義密通したと勘違いし嫌疑をかけました。無実の罪を着せられた時子は「死後わが身体をあらためよ」と言って自害して果てました。死体を改めると時子の腹からは無数の蛭が出てきた事から無実が証明され義兼は大変悔いたと伝えられています。法玄寺はその後、何度も興廃を繰り返し時子の墓も分からなくなりましたが昭和6年(1931)に境内を整備した際、偶然鎌倉時代の五輪塔が発見され時子の墓と推定されました。五輪塔(蛭子塚:鎌倉時代作、凝灰岩製、高さ112.5cm)は時子の腹の中から蛭が出てきた事に因み「お蛭子さま」と呼ばれ信仰の対象にもなり昭和55年(1980)には足利市指定有形文化財に指定されています。宗派:浄土宗。本尊:阿弥陀如来。

法玄寺:写真

法玄寺
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