栃木市: 満願寺

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概要・歴史・観光・見所
満願寺(栃木市)概要: 出流山満願寺は栃木県栃木市出流町に境内を構えている真言宗智山派の寺院です。出流山満願寺山門(楼門)に安置されている仁王像(阿形像)満願寺の創建は奈良時代の天平元年(765)勝道上人が開山したのが始まりと伝えられています。伝承によると当時の下野国(現在の栃木県)の国司、高藤介が子宝に恵まれなかった事から境内奥地にある「観音の霊窟(奥之院:鍾乳洞内の高さ4mの鍾乳石が十一面観音菩薩に見立て信仰に対象となったとされます。栃木市指定天然記念物)」で子授け祈願すると見事念願成就、その生まれた子供こそが勝道上人だったそうです。その後、平安時代初期の弘仁11年(820)には真言宗の開祖弘法大師空海が勝道上人を慕い、旧地であるこの地を訪れ自ら千手観世音菩薩を彫り込み安置するなど中央にも聞こえる存在となりました。中世は足利氏の庇護となり寺領20石が安堵され寺運が隆盛すると出羽三山出流山満願寺山門(楼門)に安置されている仁王像(吽形像)(山形県鶴岡市:羽黒山、月山、湯殿山)詣での行者は出流山にも詣でないと大願成就しないとのことから修験道場として発展しました。江戸時代に入ると勝道上人が日光山を開いた人物だった事から幕府に庇護され10万石の格式と社領50石が寄進され日光山の修行僧は1度は出流山で修行しなければならず多くの修行僧達がこの地へ訪れました。明治時代に入ると一時衰退しますがその後再興され坂東三十三観音霊場第十七番札所など信仰も広く現在にいたっています。

現在の満願寺本堂は明和元年(1764)に再建されたもので木造平屋建て、桁行き5間、梁間5間、入母屋、銅板葺き、外壁は真壁造り板張り、正面には3間の唐破風向拝が付いています。建物全体が朱色で着色され、精巧な彫刻には極彩色で彩られています。満願寺本堂は当時の寺院建築を伝えるものとして貴重な事から昭和51年(1976)に栃木県指定重要文化財に指定されています。

満願寺山門(仁王門)は享保20年(1735)に建てられたもので、三間一戸、桁行3間、張間2間、八脚楼門で入母屋、銅板瓦棒葺き、外壁は真壁造り板張り、上層目には高欄、「出流山」の山号額、左右には眼象窓、下層目の両側には室町時代に彫刻された朱色の仁王像が安置されています。満願寺山門(仁王門)は江戸時代中期の寺院楼門建築の遺構として昭和52年(1977)に栃木市指定有形文化財に指定されています。

満願寺薬師堂は享保年間(1716〜1736年)に建てられたもので、木造平屋建て、宝形造、銅瓦棒葺き、桁行3間、張間3間、正面1間向拝付き、外壁は真壁造り白漆喰仕上げ、木部朱塗り、内部には約s如来像が安置され、眼病に御利益があるとして信仰されています。坂東三十三観音霊場第17番霊場(札所本尊:千手観世音菩薩・御詠歌:古里を はるばるここに たちいづる わがゆく寿えは いづくなるらん)。関東八十八箇所特別霊場。山号:出流山。宗派:真言宗智山派。本尊:千手観音菩薩。

満願寺の文化財
・ 本堂(大御堂)-明和元年-入母屋,銅板葺,方5間,3間向拝付-栃木県文化財
・ 山門-享保20年-入母屋,銅瓦棒葺,三間一戸,八脚楼門-栃木市指定文化財
・ 出流鍾乳洞(大悲霊窟)-満願寺の奥之院-栃木市指定天然記念物
・ 出流自然林-出流川の源流部の自然林や杉木林-栃木市指定天然記念物

満願寺:写真

満願寺境内正面に設けられた山門(楼門)と石造寺号標
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満願寺山門(楼門)から見た境内 満願寺参道沿いに設けられた薬師堂は眼病に御利益有 満願寺石造橋から見上げた本堂と燈篭群と玉垣 満願寺奥之院は十一面観世音が祭られ子授りに御利益有


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