朝日森天満宮

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概要・歴史・観光・見所
朝日森天満宮(佐野市)概要: 朝日森天満宮は栃木県佐野市天神町に鎮座している神社です。朝日森天満宮の創建は治安3年(1023)に足利家綱(藤原秀郷7代後裔)が左遷先だった九州の天満宮の分霊を唐沢山城の城中(天神沢)に勧請したのが始まりと伝えられています。足利家綱は平将門を討った事でも知られる藤原秀郷の後裔とされ足利郡司を担っていたとされます。歴史的な資料があるかは判りませんが、由緒上家綱は同僚の妬みにより身に覚えのない罪を着せられ、九州に配流、その際、太宰府天満宮(福岡県太宰府市)に参籠し毎日必至に旧領復帰を祈願すると不思議と願いが天に通じ罪が許されたそうです。家綱は天満宮の御利益として信仰するようになり領内にも天満宮(現在の朝日森天満宮の前身)を創建したそうです。

又、佐野市に伝わる民話によると、家綱は当時の日本を代表する怪力の持ち主と云われ家綱が九州に配流になっていた際、朝鮮出身の力士と日本と朝鮮がどちらが貢物を送るかを掛けて相撲で勝負する事になり太宰府天満宮に祈願により勝利を収め、旧領復帰が許されたと伝えられています。

その後、新田義重の子供である新田義国も足利の地を与えられた為、梁田御厨の給主職を巡り対立関係となり、応保元年(1162)に義国側が勝利しました。こちらも伝承ですが家綱は失意の内に死去すると明菊山(現在の栃木県佐野市山越町)の山中に鎮座する加茂別雷神社の境内にある岩窟に葬られたとし、岩倉大権現と呼ばれるようになっています。これら伝承から、往時は力士の信仰の対象となり巡業で近くを通った際には明菊山に遥拝したそうです。

家綱の後裔はその後も衰退を余儀なくされ、鎌倉時代初期に源頼朝により滅ぼされ、一門だった大胡氏・佐野氏・阿曾沼氏などの諸氏は頼朝に従う事で命脈を保ち、中には戦国時代まで国人領主として当地の支配層となった家もあります。朝日森天満宮はその中の佐野氏が奉斎を続けた事で長く信仰の中心となり佐野氏が没落後も維持されました。

慶長7年(1602)に当時の領主佐野信吉が山城廃止令(所説有り)により唐沢山城が廃城となり、新たに春日岡城(佐野城)を春日岡に築城する際、城の鎮守社とする為、現在地に遷座し社殿を造営しました。しかし、慶長19年(1614)に藩主である佐野信吉が突然改易、松本藩(現在の長野県松本市、佐野家は後に旗本として再興。)へ配流となり庇護者を失いましたが、その後、朝日森天満宮は幕府が庇護し寛永3年(1626)には2代将軍徳川秀忠が社領10石を安堵しています。

寛永10年(1633)に佐野市堀米町周辺が彦根藩(滋賀県彦根市)の飛び地になった事を受け以後は彦根藩主井伊家の崇敬社となり嘉永6年(1853)には当時の大老職にあった井伊直弼も日光東照宮栃木県日光市)参拝の際、領内視察が行われ朝日森天満宮にも参拝に訪れています。又、朝日森天満宮は日光例幣使の小休所としても利用され諸公卿による色紙短冊などが数多く奉納、佐野かるたにも「梅の天神朝日森」と詠われ、「ふるさと佐野100選」に選定されています。明治時代に入り朝日森神社に社号を改称し明治5年(1872)に郷社、昭和14年(1939)に県社に列しています。祭神は菅原道真、配神は豊受姫命、火産霊命。

朝日森天満宮神門(神社山門)は唐門、本瓦葺、一間一戸、懸魚には鳳凰の精緻な彫刻。拝殿は木造平屋建て、入母屋、銅板葺、平入、正面千鳥破風、正面3間向拝付、外壁は真壁造り板張り。本殿は一間社流造、銅板葺。境内にある「菅神廟碑」は天明7年(1787)に須藤茂永(碑字を担当した須藤温の子供)が建立されたもので高さ163cm、幅64cm、伊豆青石製、選文は伊豆出身の東里中根若思、篆額は正二位行大納言菅原朝臣在家。菅神廟碑は江戸時代中期に建てられた信仰碑として貴重なことから昭和34年(1959)に佐野市指定文化財(歴史資料)に指定されています。

朝日森天満宮(本殿・神門):写真

朝日森天満宮境内正面に設けられた大鳥居
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朝日森天満宮参道に設けられた神門と石燈篭 朝日森天満宮神門から見た境内 朝日森天満宮石畳みから見た拝殿正面と木製燈篭 朝日森天満宮本殿と幣殿と透塀
朝日森天満宮境内全景 朝日森天満宮神楽殿とその奥に見える神輿庫 朝日森天満宮に安置されている天神様のなで牛 朝日森天満宮境内に建立されている菅神廟碑


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